山口の旅「秋芳洞」

山口県美祢市「秋芳洞(あきよしどう)」

長淵(ながぶち)

正面入ってすぐに見られる白い岩壁が目に付く「長淵」(パンフレットには「長淵」と記載しありますが、洞内の案内板は「長渕」と書いてありました)鹿児島県民としては「長渕」の案内板の後に「剛」の文字を書きたくなりますね・・・(笑)
洞内を流れる川は高低差が有る為、勢いよく流れているのですが、ここだけは静かに流れていて、白い岩が川に写り込み凄く綺麗でした。
私はそれを見た瞬間、映画「タイタニック」に出てくる巨大な氷河を思い出しました。
この長淵はどの撮影ポイントよりも写真の枚数が多かったですね・・・(掲載は1枚ですけど(^^ゞ )

百枚皿(ひゃくまいざら)

洞内の見どころの一つ「百枚皿」です。

秋芳洞洞内にあり、段丘の中腹から流れ出る水が、波紋の形に固まったもの。多くの皿を並べたような姿から百枚皿と名付けられたが、実際には500以上ある。水の波紋の端の泡立つ部分に石灰分が沈積。波紋の縁の部分だけが、長い歳月の間に盛り上がって、皿状になったといわれている。

                      るるぶ.com観光情報より引用

広庭・洞内富士(ひろにわ・どうないふじ)

ここが広庭になります。右側の大きな石筍が洞内富士です。

石灰岩で出来た天井を雲に見立て、山頂をその雲に突っ込んだように見える「洞内富士」、秋芳洞最大の石筍(せきじゅん)です。
石灰分を含んだ水の滴が石柱となり、どんどん大きくなって行きこんなに大きな石筍になったんですね。とにかくその存在感は半端じゃ無かったです・・・。

千町田(ちまちだ)

こちらも石灰華段丘ですが、百枚皿とは少し雰囲気が違い柔らかな曲線が特徴です。
何となくどこか田舎の棚田を見てるようでもありました。

傘ずくし

天井から無数の鍾乳石がぶら下がり、昔の傘屋の天井にぶら下がっていた傘のように見える事からその名前が付いたそうです。

大黒柱(だいこくばしら)

天井から石灰分の水滴が落ちる際に鍾乳石が出来、水滴が落ちた場所に石筍が出来ます。
その鍾乳石と石筍がそれぞれ伸びて長い長い年月をかけて繋がり、一つの石柱となったものです。1cm伸びるのに何と100年掛かるそうです。この大黒柱は2mほどあります。もう想像も付かない年月を掛けて形成されてるのですね・・・。
上の写真の傘ずくしのすぐ隣に位置します。まるで傘の天井を支えてるかのようでした。

五月雨御殿(さみだれごてん)

ここは一年中、五月雨のように地下水が流れ落ちていて、鍾乳石や石筍が出来やすい所です。
2枚目、3枚目の写真は鍾乳石と石筍が今にもくっ付きそうな、そんな場面を捉えてものですが、実際にこの鍾乳石と石筍がくっ付くのは何百年、何千年先なんでしょうね・・・。

黄金柱(こがねばしら)

黄金柱は秋芳洞の代表的な生成物の一つで高さ約15m、幅約4mの巨大な石灰華柱です。
岩天井近くの隙間から流れ出た地下水が岸壁を伝いその部分に石灰分が付着し長い年月を掛けて築き上げたものです。
入場券やパンフレットにも大きく記載され百枚皿と並んで、秋芳洞のシンボル的存在です。

秋芳洞へのアクセス【googleマップ)

googleマップをご覧ください

参考になれば良いのですが・・・

今回、秋芳洞へ行く前に場所や駐車場、入場料金とかネットで色々調べました。
正面の入口から入るには、車は有料の駐車場に止めるしかありません。
そして駐車場から秋芳洞の入口まで約10分ほど歩くようです。
天気が良ければいいですよ、しかし雨が降ってる時はこの10分がチョッと厄介です。
秋芳洞へは入口が3ヶ所ありまして、正面の入口、エレベーター入口、黒谷入口(出口)
一般的には正面から入って全長約1km、高低差約40mの登りを進み奥まで行って折り返す。
または黒谷口から出てバスかタクシーを利用して正面の駐車場へ戻ってくる。
私は正面入り口より7割程先に有るエレベーター入口から入る事にしました。
エレベーターで80m降りて鍾乳洞へ入ります。そして黒谷口へ進み、折り返して正面まで行って、またエレベーターの所まで戻って来る。これですべてを見る事が出来ますから見る順番なんてどうでも良いのです。何故エレベーター入口を選んだかと言いますと、エレベーター入口のすぐ目の前が駐車場なんです。正面入り口みたいに10分も歩かなくて良いのです。しかも無料です。d(゚-^*) いいねぇ♪
入場料が1200円ですが、JAF会員なら1100円で入場出来ます。(私はJAF会員です)

最後に

秋芳洞と書いて「あきよしどう」読みますが、「しゅうほうどう」と読む方もいらっしゃいました。不思議に思いまして少し調べて見た所、美祢市の観光協会のスタッフさんのブログを見つけたのでそちらから引用させて頂きます。

時はさかのぼり、大正15年。

昭和天皇がまだ皇太子であった頃のこと。

後の秋芳洞である、滝穴と呼ばれる洞窟を御探勝されました。

そして、殿下の思し召しにより、”あきよしどう”の名前を賜ったのです。

命名は電報で伝えられ、”秋吉洞”と地名のままに頂いたと思われましたが、確認したところ、”秋芳洞”と書くとお返事がありました。

しかし、この地域は昭和30年4月に合併し、秋芳町(しゅうほうちょう)と命名され、地元住民が秋芳洞(しゅうほうどう)と呼んでいたものが、今でも根強く残っているのだそうです。

そう言う事なんですね・・・。

秋芳洞、良い所でした。
掲載した写真の他にも、まだまだ見所がいっぱいありました。
出来る事なら秋芳洞へ行かれ、あの迫力ある鍾乳洞をご自分の目で確かめて頂きたいですね!
今回は洞内を夢中で写真撮ってて予定してた時間をオーバーしてしまった事と、雨が降ってた事も有りまして、秋吉台へ行きませんでした。
あの雄大なカルスト台地の中を車で走りたかったです。
また行く機会があったら秋吉台も楽しみたいと思います。

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